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nn5n: scp-2188 ホアキン・パブロ・イスキエルド・デ・サン・フェリペの人生と時
EuclidSCP-2188 ホアキン・パブロ・イスキエルド・デ・サン・フェリペの人生と時Rate: 114
SCP-2188 - ホアキン・パブロ・イスキエルド・デ・サン・フェリペの人生と時
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1972年、ウルグアイのモンテビデオで開かれた芸術家の集いにおけるエージェント エスキベル(一番右)とイスキエルド氏(右から二番目)。

アイテム番号: SCP-2188

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-2188に関連する異常活動は1998年7月29日の時点で停止しました。警戒のための最小限の観察期間が2023年に満了するまで、SCP-2188はEuclid分類を保ちます。万が一SCP-2188が活動を再開した場合、職員は直ちにサイト41管理者と、セクターG変異現実型芸術作品研究コレクティブ(S-TARC)に通知して下さい。

この時点では、SCP-2188の封じ込めのために現地職員が必要とは判断されていませんが、エージェント ロベルト・エスキベルが特別退職後割当の一環としてアメリカ合衆国ネブラスカ州ドットソンに駐在しており、必要に応じて接触可能です。

説明: SCP-2188は、1名のウルグアイ人とアメリカ合衆国の1つの町の間に結ばれた異常な関係性です。この関係は、以下のもので構成されていました。

ホアキン・パブロ・イスキエルド・デ・サン・フェリペ: 一生を通して、主にウルグアイのモンテビデオに居住していた半・渡り労働者。イスキエルド氏は、ウルグアイのトレインタイトレス県にある無名の村で1943年に生まれたと考えられています。ウルグアイ当局が労働許可書を発行した1961年以前の彼に関する信頼できる文書は存在していません。

イスキエルド氏は1965年、生きたミナミキノボリヤマアラシをアルゼンチンに密輸しようとしてウルグアイ警察に逮捕された際に、ブエノスアイレス支部に拠点を置く財団職員の注目を集めました。これは、合衆国ネブラスカ州において”パフォーマンス・アート”の実演と称し、パートナーに自分の身体をヤマアラシの針で33回刺させながらタンゴを踊るという振舞いに及んだ人物に関するファイル報告と一致するものでした。

研究者たちによって、イスキエルド氏の行動が合衆国ネブラスカ州ドットソンの住人に与える因果関係が理解されると、幾つかの封じ込めの試みが行われました。観察と幾つかの実験により、イスキエルド氏が(時として彼の行動から論理的に予測される)深刻な危害から保護されて比較的正常な生活をすることができれば、ドットソンの住民たちの間に潜在的に有害な影響が広まるのを最小限に保ち、SCP-2188が公共知識となって広範に拡散するのを防げると判断されました。これに応じ、エージェント ロベルト・エスキベルが1967年にイスキエルド氏の秘密の監督者として割り当てられました。

その後数十年にわたり、イスキエルド氏はモンテビデオの様々なバリオ1を放浪し、恐らくは街の貧しい人々・孤児・ストリートアーティスト達との交流によって、優しい放浪者(そしてまた、有名な変人)として地域住民に知られるようになりました。エージェント エスキベルの取り組みや地域社会におけるイスキエルド氏の支持の間、封じ込めは1998年のイスキエルド氏の死まで保たれ、ドットソンの町に対する負の影響は最小限のものでした。

アメリカ合衆国ネブラスカ州ドットソン: 人口5137人2の農村コミュニティ。遅くとも1965年から1998年までにホアキン・パブロ・イスキエルド・デ・サン・フェリペの人生で起こった重要な出来事は、町の住民の精神状態に影響を与えました。この関係は1998年におけるイスキエルド氏の死によって停止したと思われます。

ドットソンの住民に対するイスキエルド氏の行動の影響は、主に芸術または創作活動への衝動という形を取りましたが、幾つかの作品の極端な性質は一時的な精神疾患の一種として分類する事も出来ました。イスキエルド氏の異常な影響力の結果、ドットソンの町では洗練された芸術的サブカルチャーが多数発生し、S-TARCの調査結果によると”匹敵する人口密集地や文化的地域に見出される創造的開発の基準線を大幅に超え”ているものでした3。このサブカルチャーは町の社会的慣習として植えつけられ、主流科学において文書化されている人類学的規範と一致する形式ではあるものの、イスキエルド氏の死後も進展が続いています。

SCP-2188はドットソンの人口の15~25%に影響を及ぼしたようです。中間報告書は遥かに多くの者が影響を受けていると示していましたが、1970年代のS-TARCの研究は、住民たちの芸術作品(急進的な性質のものを含む)への予想以上に高い受容性は、町で上昇した創作活動レベルへの曝露の結果として自然に齎されたものと判断しました。イスキエルド氏の異常な影響により、ドットソンは地元および国際的なメディアによって顕著に注目されましたが、SCP-2188の本質の発見は最小限のセキュリティリスクであると看做されました。このため、ドットソンに対する封じ込め手順は全く必要とは認められませんでした。

指令2188-03.17に従い、イスキエルド氏はドットソンの町の領域外2kmに位置するミスティ・ベール墓地に埋葬されています。

補遺2188.1 - エージェント ロベルト・エスキベルの報告書

研究者注: 1967年から1998年の間、エージェント ロベルト・エスキベルはSCP-2188封じ込めの主要起点としてウルグアイのモンテビデオに勤務した。エージェント エスキベルは、この期間に一連のレポートを提出した。これらのレポートの代表的なサンプルが記録目的でここに再現されている。エージェント エスキベルのレポートの完全な記録については補遺Aを参照のこと。

===SYSTEM NOTICE=== 職員による設定が参照され記録されました 一次資料をスペイン語から英語へ翻訳

フィールドレポート2188.1 - 自己紹介

日付: 1967年4月17日

概要: エージェント エスキベルは、調査監督者が設定した封じ込めの条件に従い、ホアキン・パブロ・イスキエルド・デ・サン・フェリペとの関係を確立する。これは将来的な接触を容易にし、対象との信頼関係を構築し、過度の害から対象を保護するための努力を可能とし、これによってドットソン住民のために相対的な正常性を確保する事を意図していた。

結果: アクションは成功する。

エージェントのコメント: 何週間も調査書類を熟読した後、俺は遂に”チトの店”でイスキエルド氏と顔を合わせた。チトの店はマルヴィン・ノルテにある汚い小さなバーで、学生たちがいくらかペソを捻出できるときはいつだってたむろして酒を飲んでる。俺は、伝統的なやり方でイスキエルド氏の好意を獲得しようと決めた。

「俺の友達にビールを」俺はバーテンに声を掛けて、対象の隣に座った。イスキエルド氏には酒をおごるような友人は一人もいない。

「おぉ、随分と寛大な会計士様じゃねぇの」と彼は言った。今にして思うとスーツを着て行ったのは不適切だったかもしれない。「いや、俺からあんたに奢らせてくれ、今日はビールって感じの夜じゃねぇんだ」彼はバーテンに合図して、マテ茶の大きなカップを1つ、ストローを2つ付けて持ってこさせた。驚いた事に、こんな場所に似合わず、ストローは銀製の本格的なものだ。

対象は俺にストローを渡した。「自己紹介といこうぜ、新しいダチよ」俺たち2人はちびちびと茶を啜り始め、俺はカフェインが見事に頭に回っていくのを感じた。認めよう、マテ茶は大好きだし、夜の飲み物としてはおかしな選択じゃないかとも思わなかった。

「あんたは思想家って感じだなぁ! 思想家は好きだぜ、俺の手漕ぎボートの反対側を漕いでるのが連中ってわけだ!」一緒になって飲んでいる時に彼は言った。「夜は考え事には向いてるぜ!」

俺たちは夜の残りを世間話に費やした。調査書類からはもっと一生懸命働かなきゃいけないかと予想していたが、俺と彼には共通する点が幾つもあった。マテ茶が好きな事、父親が死んでいる事、ボルヘスを嫌悪している事、そしてパンチョ(原注: ウルグアイ風ホットドッグ)の味の素晴しさについての意見。実に楽しかった。

来週、もう一度会ってマテ茶を飲もうと約束した。封じ込めはいいスタートを切ったようだ。

S-TARC関連作品リスト - FR2188.1
タイトル アーティスト メディア 説明
見知らぬ人とお茶を ウィリー・ジョン・リンカーン ブルース・ソング リンカーン氏によって”赤羽根酒場(Redfeather''s Tavern)”にて始めて演じられた、アコースティックギターによる無伴奏演奏。
日の出: アポロ ジョン・グラウベール 壁画・油絵具 日の出を背景に竪琴を演奏するギリシャ神アポロの、高さ6mの絵画。グラウベール氏の雇用主が所有する納屋の側面に描かれた。
アララト山 レベッカ・ムーラッド 短編小説 激しい吹雪によって一緒に発掘現場に閉じ込められた、ノアの箱舟の証拠を探す考古学者2名に関する未発表の物語。2人の男、ロバートとポールは当初お互いを警戒するものの、生き残るために物資を共有する事を学んでいく。2人は両者とも豊富に持ち込んでいたお茶を分け合い、これは物語の〆の段落で重要な展開点となる。

フィールドレポート2188.4 - ラロの哀詩

日付: 1967年8月23日

概要: イスキエルド氏は、ラ・フィグリタのバリオへ使いに行く際、エージェント エスキベルの支援を要請する。

結果: エージェント エスキベルが軽傷を負う。民間人2名が非致死性武器で鎮圧された。

エージェントのコメント: 11時、イスキエルド氏は公園のベンチに姿を現した。俺がこれを確認したのは通りからだ。妙なぐらい時間厳守である。

対象は、ラ・フィグリタにおける地元の詩人たちの集いを組織する手助けをしてほしいと言ってきた。俺は、最後にラ・フィグリタの詩人たちと開催した集いは上手くいったとは言えないし、著作のほとんどは飲み過ぎて病院に担ぎ込まれた事が中心になってたんじゃないかと言った。彼は笑ったが、使命を止めにするつもりは無いようだった。

彼は、俺がすべきことは数時間一緒に居るだけだと説明した。俺をざっと見て「内に暴力を秘めた男が要り様なんだ」と言う。間違ってはいないが、俺をどう見ているかに関してはがっくりきた。

俺たちは近所のみずぼらしい地区に歩いて行った。街灯は無いがそれでも構わない、長屋のささくれ立った壁に塗られている鮮やかな塗料が十分に照明になっていた。ライムグリーンの戸口で停止する。イスキエルド氏は、奇妙な”タン–タ–タ–タン–タ”というノックをした。何かの符牒だったに違いない。ドアが少しだけ開き、地図かと思うほど皺だらけで、そのくせ白髪の一本も無い顔が暗闇から現れた。何がお望みだ、と彼は尋ねた。

イスキエルド氏はすぐさま答えた。「今夜この家を借りてぇんだ。詩の朗読会でね」

「できないね」男は言った。「ここは商売の場だぞ」

「まぁこの男を見なよ、」イスキエルド氏は笑って俺に言及した。「マジで出来る奴だぜ。15人の男が1人10ペソずつ払うんだ、あんたの商売の穴埋めもできるだろ?」

顔はいったん消えた。暗闇の中でいくつかの静かな会話があり、その後再び顔が戸口に現われた。

「条件を呑もう」ドアが開いた。

俺たちは、瓶やら針やらが床に散らばる、予想通りのあばら家に踏み込んだ。数人のジャンキーが正面居間の壁に沿って意識朦朧としている。最初の詩人はすぐ後に到着したし、その夜は成功と言っても良いだろう。ざっと数えて少なくとも20人がぎゅう詰めとはいえ中に入れたんだから。イスキエルド氏は静かにと声をかけると、最初の読み手を部屋の中央に出るよう手招きした。彼は幾つかのいけ好かないヘボ詩を読み上げ始め、俺は隣に無意識で横たわるヤク中を羨んだ。

これが延々と続いた。仕事上、時間的異常について聞いているので、ひょっとして自分もその類に囚われたのかと疑わしくなってきた。その時、イスキエルド氏は、俺たちが到着した時に戸口に居た男を指差した。「ラロ! あんたの番だぜ!」

門番は群衆の真ん中に足を踏み出した…ためらいがちに。部屋の中で最も恐ろしげな男がこんな振る舞いをしたせいで可笑しく思った。彼は折り畳まれた一枚の紙を不潔なデニムジャケットから引っ張り出し、俺は退屈きわまる猛攻の再開に備えた。

彼が朗読する中で、俺の心を最も刺したのは、その静かな声だった。顔だけは刑務所の庭に居てもおかしくないのに、詩を読むのを聞きとるのには苦労した。彼の物語は短い早口の文で展開されていて、部屋はますます静かになっていった。彼はかつてアメリカに向かった ― 母国の農地の虚無から、他国の農地の虚無へと。仕事は相も変わらず骨の折れるもので、かつて家に居た時と全く同じように貧困が古い埃の層めいて全てを覆い尽くす。そして今は、そこに孤独が、彼が考えたことすら無かったものがあった。しかし、やがて彼は友人と出会った。チリ人さ、彼はそう言ってニヤリと笑い、俺を驚かせた。一緒に話せる奴がいれば、仕事はそんなに悪くもなかったし、少なくとも誰かさんと飲んで笑って喧嘩することはできる。そしてほどなく、そのチリ人は穀物サイロに閉じ込められ、アメリカのトウモロコシ畑が育んだ豊富な恵みの中で溺れ死んだ。俺が次に何を期待していたかは分からないが、少なくともラロがしたように、狼みたいに泣き叫ぶ事ではなかったはずだ。滑稽だったかもしれない、だが、この男の声に込められた怒りと苦痛が、異国の地に埋められた友人への哀悼が、それを受け入れろと迫った。ラロが朗読を終えると、部屋全体が沈黙していた。

その後、警察が来た。

法執行機関というのがどういう物かという経験上、また担当するイスキエルド氏の安全のためにも、俺は乗りこんできた警官が詰問してくる前に、コートに隠し持った棍棒を振り回すことを選んだ。こういう業務では、警察は麻薬常習者の溜まり場に居合わせた人間は誰かれ構わずしょっ引いていく。詩人たちが散る中、俺は道を切り開くべく戦った。イスキエルド氏は隣だ。誰かが俺の肋骨にパンチを食らわせ、額には切り傷を負わされていた。俺たちが立ち去ったドラッグと詩と喪失の渦の中に呑まれて、襲撃者の正体は永遠に謎のままだ。

近くの路地にある安全地帯まで来た時、イスキエルド氏は自分が引き起こした明白な浮かれ騒ぎに身体をよじって笑い、目から涙を拭った。

「会計士は暴力を、ヤクの売人は芸術を秘めてるときやがった!」 彼はゼイゼイ息を切らせて言った。「今夜の事があったからには、ラ・フィグリタの詩も上達するだろうよ!」

S-TARC関連作品リスト - FR2188.4
タイトル アーティスト メディア 説明
父ちゃんの胸像 カルヴィン・メディナ 彫刻(大理石) メキシコからの移動農場労働者である、メディナ氏の亡き父を象った胸像。フィールドレポート2188.4が提出された同日、メディナ氏はトラクター事故で重度の頭部外傷を負った。メディナ氏はごく普通に回復したが、彫刻に強い関心を持ち始め、この作品で関心は最高潮に達した。
インナーワールドへの案内人 キャロリン・ウォルシュ ダンス ドットソンのフリーメーソン・ホールにて、観客60人の前で演じられた。ウォルシュ女史はこれを、ダンテを地獄へと導くウェルギリウスの物質的表現であると述べた。ウォルシュ女史は上演前に少量のLSD摂取を観客に勧め、大部分がこれに従った。上演終了時、ウォルシュ女史は彼女を”襲う”よう観客に奨励。深刻な暴力行為は発生しなかったものの、現地当局の注意を引くのに十分な騒ぎが持ち上がった。ウォルシュ女史は上演後にドットソン警察に逮捕されたが、正式な起訴状は提出されなかった。
祖母なる月を偲んで ベス・ファイブウルブズ コマンチ族の医療儀式 / パフォーマンス・アート 他2名の助けを借り、ファイブウルブズ女史は南グランジ大通りに”月の通り道”を印すために、伝統的なコマンチ族の葬祭の慣習に基づく儀式を行い、午後の交通を混乱させた。ダンス・詠唱・儀式的なタバコの使用・および他の一連の活動から成るこの儀式は2時間続き、この間運転手たちはパフォーマンスの様々な部分に参加するため車を離れた。

フィールドレポート2188.15 - 聖母の篝火

日付: 1976年11月14日

概要: エージェント エスキベルは、伝統的なウルグアイの”三十三の聖母”4崇拝の一環として、フロリダ州の大聖堂への巡礼にイスキエルド氏を伴う。

結果: アメリカ合衆国とウルグアイの間に国際的事件が勃発。財団外務部門は2国間の解決を交渉し、持続的な反響は残らなかった。

エージェントのコメント: パブロは信心深い男なんだろうか? 俺としてはまだ何とも言えないが、とにかくいつの日か聖人として分類されるのに十分な騒動を引き起こしてはいる。

俺は、パブロが一番最近の屋根付き住居を見つけたコンシリアシオンまで車を走らせ、図書館の前で待っているあいつを見つけた。あいつは古くて凹みだらけのサイト支給ピックアップトラックに飛び乗るとMedio y Medioの特大サイズのボトルを運び込み、俺たちは出発した。モンテビデオを離れる過程でワインボトルと取っ組みあった結果、道路標識に数回激突した。これはひどい。凹みが増えちまった。

パブロはMedio y Medioを自分だけで半分以上飲んだし、巡礼前から話していたCIAの連絡先について全て俺に語った。もちろん、モンテビデオに居る誰がCIAで、誰がKGBで、誰がその他かを探るのは俺の仕事だ。そんなわけでパブロの言う事が完全にデタラメだと分かってはいたが、聖母マリアの精神でもって、あいつには一人で楽しんでおいてもらおうと決めた。出国する過程で通りかかった村では毎回停車したように思う。パブロはその度に飛び降り、ワインを積み込み、皆を一緒に巡礼に来ないかと誘った。あいつは国を離れる前にも相当な時間を勧誘に費やしたに違いない、なにしろ大聖堂に近付くほどに道はますます混雑してきたのだ。

パブロがフロリダで何かの催しを手配している事は知っていたが、どうやってそれを実行できるよう教区を説得したのかはまだ分からない。多分それ自体がSCPだろう。俺たちが到着した時、大聖堂前の広場は息も詰まるほどに人で賑わっていた。数万人、いやそれ以上だったかもしれない。

毎年、巡礼で食べ物飲み物を販売している行商人たちは、まず群衆を見て有頂天になっていた。その時だ、俺たちが乗り入れると、パブロは拡声器を持って(どこで拡声器なんか手に入れやがったんだ!?)トラックから飛び出し、群衆に向けて怒鳴り始めた。「ここの盗人どもから何か買ったりするなよ! 神聖なる断食を続けるんだ、さすれば今宵マナは天より降り来るであろう!」あいつは何度も何度も叫んだ。怒れる食品販売人の一団が実際にパブロを終了しに来るとは思わなかったが、状況はますますそんな感じに見えてくる。ただ仰天しているよりも、もっとやるべき事があるとこの時点で気付いた。

「お前、何してるんだよ!?」俺たちを石打ちならぬガチガチに固まったロールパン打ちの刑へ誘わんとするデカ声の狂人を乗せてトラックを走らせつつ、俺は訊いた、というより自問したという方が正しいんだが。返事の代わりに、あいつは大聖堂の裏手にある広い空き地に俺を連れていった。近くに駐車し、以前パブロと一緒にバニャドス・デ・カラスコを歩いていた夜に遭遇したことのある彫刻家の一団から、またしてもワイン責めにされた。飲みながら話している時(中断はなかった。どうやら怒れる食品販売人を振り切る事が出来たようだ)、彼らは作品を見せてくれた。”父、御子、精霊”という、3体の巨大な、漠然と人間に見える像だ。それぞれが少なくとも高さ10m、全体が乾燥した木と藁で出来ていた。間違いなく炎が関与する代物だ。

その夜、いよいよ像に点火して聳え立つ篝火へと変える時がやってきた。パブロはその場に居る全ての人物を、来て見るようにと招待していた。やって来た人々の顔は非常に見覚えがある。俺はどんな見ものが待っているのかと好奇心を覚えると共に、腹が減っていた。ショーが印象的なものでなければ、彫刻家たちには災難が降りかかるだろう。何千人もの空きっ腹を抱えた連中は、厳しい批評家である可能性が高かった。

パブロは財団支給のトラックの上に登り、今や肌身離さず持っている拡声器で、三十三の聖母伝説の、俺が知っているのとは若干異なるバージョン(もっと爆発は少なかったはずだ)を語って群衆を大いに楽しませた。その後、彫刻家たちに作品を燃え立たせよと命じた。3体の像は即座に炎に包まれ、壮観な炎の柱が三位一体となって、大聖堂の裏と周囲の空き地を照らし出した。

皆がヘリコプターの音を聞きつける前に、これを見ていたのは15分にもならないはずだ。少なくとも10機はいただろうか、明るく照らし出された空き地と、数千人の見物人の上を通り過ぎて行った。小さなパラシュートが付いた小包が、そこら中に何百と降り注いだ。群衆がこれを破り開けて、パブロが約束した天からの御馳走が、アメリカ政府の親切な贈り物として(しかもご丁寧に様々な種類のアルコールを大量につけて)具現化するまで、そんなに長くかからなかった。当然だが誰一人として、自分たちは政府が思っているような、アルゼンチンから弾圧を逃れてきた難民グループではないという事は言い出さなかった。そうさ、俺は後で調べたとも、ピックアップトラックのベッドで眠ってるパブロを叩き起こしてな。「適切な奴に適切な事を言って、合図の光を灯したまでの事さ」というのが、あいつが自分の頭を掴み朝の光に目を細めつつ言った事の全てだった。

ともかく、モンテビデオには俺たちの予想よりも多くのCIA工作員がいると結論付ける事は出来そうだ。

S-TARC関連作品リスト - FR2188.15
タイトル アーティスト メディア 説明
苦しみと啓蒙の三十三の詩 ゼルダ・ヒューズ ドットソンの繁華街にあるダスティ・クロスロード・コーヒーハウスで毎週月曜の夜に朗読された、33の別々の詩を収録した本。大義に仕える事による犠牲と、その結果としての個人的な苦悩のテーマが様々な点に見られる。
ティック・クアン・ドックの三度の焼身 スティーブン・F・ブラドック 小説 南ベトナム政府の政策に対する抗議の形として焼身自殺したことで広く知られている仏僧、ティック・クアン・ドックに関する自費出版小説。内容は、最初の焼身自殺を遂げた後に生まれ変わり、前世の記憶を持ったままに同じ人生を歩むクアン・ドック氏の物語である。物語は、ストーリーの過程で大きく異なるが最終的には常に同じく焼身自殺へ至る彼の行いに対する、クアン・ドック氏の様々な自己正当化で構成されている。
石の心から来たるマナ フランシス・アバナシー牧師 宗教的説教5 町で最大の教会の指導者による、極めて風変わりな説教。集められた会衆に対し、身元不明の浮浪者が埋葬されている屋外の墓地で行われた。アバナシー師の語った話は”トピーカの聖アウグストゥス”という、キリスト教神学において今日まで知られていない宗教的な人物に関するものであった。話は当時のCIA長官であったジョージ・H・W・ブッシュについての寓話の形式を取っており、アバナシー師は、暴力と破壊が伴う行為を必要不可欠なものと考えて常にのめり込んでいた非情で強大な男は、神秘的な”炎の精霊による試し”を受けて全く違う魂へと生まれ変わり、その身を虐げられた者への寛容さと奉仕に捧げるようになったと述べた。アバナシー師はその後、会衆が集められた墓に埋葬されている浮浪者を称賛し、自分だけが彼の素性と成した事を知っているが、両方とも秘密のままに保つと彼が死ぬ前に誓ったのだと主張した。

フィールドレポート2188.31 - 家で過ごす静かな1日

日付: 1987年8月28日

概要: イスキエルド氏は知人の家でサッカーの試合を見るのにエージェント エスキベルを誘う。

結果: SCP-2188封じ込めの準違反。

エージェントのコメント: 画家たちが到着する前に、少し暇な時間があった。パブロが誰かの作品の主題として自分自身を提示したとは知らなかった。「これは特別な機会さ」とあいつは言った。「俺たちが今いるような素敵な家で何かするにはピッタリだろ」全くだ。どうしてこんな立派な家を構えているかとは聞かなかった。パブロはいつも誰かの家の”留守を預かって”いる。通常は、パブロの周りにいる美しい少年に熱を上げている芸術のパトロンの家だ。この手の生活は、仲間の芸術家を守るべくパブロが剥き出しにする獰猛さにパトロンが直面して終わるのが常である。

画家を待っていた午後には、ディフェンソールがレンティスタスと試合する予定があった6。そこで俺たちは紫の服7に着替えると、サイト87のモニターの幾つかと同じぐらい大きなカラーテレビで試合を見た。この家の以前の住人は結構マテ茶の趣味が良く、パブロはCM中に幾つか淹れて来てくれた。試合の興奮と、7杯か8杯分のマテ茶のせいで頭の中にブンブンと響く唸りの間で、どうして俺たちが空白のキャンパス8つに取り囲まれているのか知りたくて俺はイライラして来た。パブロは計画を説明した。

「もっと自分自身を理解する試みとして、一連の自画像を依頼した」とあいつは言った。「俺は最近、広い小麦畑のヴィジョンを見るようになったんだ。身体の芯を草原の風が吹き抜けるのも感じる。確実に見知らぬ風景さ、だが全くもって気に障るようなもんじゃあない。あの場所と俺の心は繋がってるんじゃないかって思うのさ、もっと深く知らなきゃいかん」

何故こんな事が起こったか、俺は知っていた。もちろん何故起こったか知っていたとも、だがあいつに伝えることはできなかった。この急報を読んだ研究者たちは驚くだろうが、俺はパブロの番人を務めた長年にわたって嘘を吐く必要がなかった。あいつに向かって言える事の全てが嘘でしかない時に、俺の洞察力を試すような質問をされるのは御免だった。すぐ話題を変える。なんで自画像なんだ?

「芸術家とそいつの衝動の間にはな、ロベルト、動的な関係ってのがあるんだよ。芸術家は概念を描きだす。その描写を見て、芸術家の中の概念は変わっちまうんだ。あれだよ、ハイゼンベルグの何とやらってやつ」あいつは腕を大きく振って思考の規模を示した。「俺たちが何かを学ぶとしたら、それはこの関係の相互作用の中にある。そこで、俺の肖像を描かせるために8人ほど見込みのある芸術家を呼んだわけさ。なんでまたこの歳になって、行った事のない場所のヴィジョンを見るようになったのか? こいつが理解の助けになればいいんだが」

これには思わず蒼白になった。パブロから、あいつにとって重大な何かを隠さなければ。あいつは俺の顔を見たに違いない、表情の意味を読み違えているようにと神に祈った。あいつは俺に寄りかかると、陰謀者が犯罪の現場で緊張する相方に接するかのような雰囲気で囁いた。「まぁ確かに、自分の家にこれだけ肖像画が下がってたら、自惚れ野郎だと思われちまうだろうがな!」パブロは自分のジョークで笑い(あいつだけの特権だ)、マンテカが同点打を決めたのを見て激しい声援を送った。ディフェンソールがゴールした事にこれほど感謝した事が今まであっただろうか。

芸術家たちは時間通りに到着すると、即座に偉大なるホアキン・パブロ・イスキエルド・デ・サン・フェリペ様から与えられた職務へ厳粛に取り掛かり、件の御大は直々に冷蔵庫のビールを皆に振舞った。どの画家も、一番乗りが最高の栄誉だと言わんばかりに、無我夢中でキャンパスに彼らなりのパブロを描きだそうとした。俺は以前に、あるいはこれまでに、この8人の画家がパブロに捧げるものより素晴しい尊敬の協調的行為というやつを見た事が無い。

描き終えた最初の画家、若い女が、パブロに作品を見せようと走り寄った。「まだだ!」あいつは視線を逸らして叫んだ。「全部一遍にやるべきだろうよ、集められた真実の盛大な除幕式ってやつだ!」と部屋に宣言する。笑いながら堂々と発言したものだが、俺はあいつが全くもって真面目だったと言いきれる。あいつはせっかちな若い画家にビールを投げ渡し、彼女は俺たちと一緒にソファに座って他の奴らが描き終えるのを待った。

次々と画家たちは仕事を終え、台所と冷蔵庫の中身に襲撃を仕掛け始めた。この段取りは珍しい事じゃない、食べ物と飲み物は、モンテビデオのこの界隈では芸術家たちの通貨として確立されている。最後の画家が終了して台所に姿を消すと、パブロはソファから跳び上がり、部屋の中央に陣取って目を閉じた。「ロベルト、あんたには肖像画を回して俺に見せる名誉の仕事だ!」あいつは仰々しく手を振って言った。

俺は最初の肖像画、あの仕事の速い若きトルコ人が描いた奴に近寄ると、パブロに見せる前にこっそりと覗いた。そこに俺が見たのは、フランシス・アバナシー牧師、ネブラスカ州ドットソンにある第一メソジスト教会の指導者の、完璧な肖像だった。目の前でSCP-2188の報告書を開いているがごとく、彼の顔であることは疑いようもなかった。ショックが3秒ほど続き、様々な成り行きと言外の意味とが俺の心を飛び過ぎて行った。あいつは知らないはずだ、俺は推測した。あいつはドットソンの人々を誰一人知らないはずだ。だが、どうして? さらに2秒の困惑。”どうして”は今や重要ではなくなった。俺は最初の肖像画を回した。続く肖像は、全てドットソンの町の重要人物だ。一体この画家どもは何を見てたんだ? 誰一人としてパブロに似てないじゃないか。俺は全ての肖像画をパブロに向き合わせ、目を開けるように言った。

あいつはゆっくりと応じた。最初は恥ずかしそうに覗き、続いてゆっくり目を開き、自分を取り巻く肖像を調べ始めた。最初は混乱していたが、やがて笑みが顔全体にじわじわ現れた。そして絵を見続けながら、あいつは笑い始めた。2週間前に聞いたジョークのオチを今ようやく理解し、何故こんなに気づくのが遅れたのかと不思議に思っているかのように。「こいつら、俺の心の中に見えるあの場所で生きるべきって面してやがるぜ!」あいつはそう言い、その声の中で驚きが大きくなっていった。「全くもって素晴しいじゃねぇか! こいつは筋の通った結果だよ、それが可能な限り不合理な形でここに運ばれてきやがった! 何て素敵な肖像画だ! ありがとう我が友よ!」

俺は可能な限りパブロに真実を話す習慣を続け、さっぱり要領を得ないと伝えた。「見な、」あいつは言った。「彼らはいつだって此処に居たんだ、表現されたことの無いアイデアの領域で、機会を待ち続けてた。そして待つ事に疲れちまったわけだ! だから此処に来て、調和した。彼らであると同時に俺でもある。俺が、俺たちが、俺たち皆がこの領域の住人なのさ。何かの自然な流れが、何の流れなのかは知らんが、それがどうにかして戻ってきたんだよ。俺が言いたい事、理解できてるか?」

あいつの言葉を心の中で検討するのに少し時間がかかった。プロ意識はこれを問題だと警告しているが、封じ込め違反だって? この異常性の大部分は意見交換みたいなもので、公然と行われているが完全には見通せなかったのを、俺たちが偶然ちょっと覗き見ただけじゃないか。いや。この荘厳な瞬間に、関与者たちは、それを有るがままのものとして満足していた。

「完全に理解してるとも」俺は、あいつに言った。

S-TARC関連作品リスト - FR2188.31
タイトル アーティスト メディア 説明
すべてがかたられおこなわれたときわたしがもっているすべてのものはあなたとわたしとあなたです モリー・H・R・エレヴァン 実験的散文 ナレーターとその親しい仲間の経験に関する、一人称視点の語りからなる緩く構造化された物語。これに、語り手とその仲間の生活に影響を与えている単一の不明瞭な出来事を異なる視点から見た物と思われる一連の自由詩が続く。物語には幾つかの歌が点在している。エレヴァン女史により、ドットソン・ハーベスト集会場の美術工芸部で朗読された。
ブラザーズ・マン ジョージ・ヒルソング ビデオ・プレゼンテーション 3台のテレビモニターを通してヒルソング氏が語る、事前に記録された独白。ヒルソング氏は、メイクや人工装具の着用により、各モニター間で著しく見た目が異なる。独白はアイデンティティの性質についての黙想で構成されており、ウルグアイのスポーツクラブ、ディフェンソールとレンティスタスの試合映像が恐らくはランダムに散在している。ドットソン・ユニオン高校における、毎月のアート・フェスティバルで発表された。
俺には8つの顔がある ザ・フェーディング・スカイ ロックアルバム ドットソンを本拠地とするロックンロールバンド、”ザ・フェーディング・スカイ”のマイナーレーベル・リリース。バンドのトレードマークとして知られる、ポスト・ニューウェーブ的なスローテンポの重厚なシンセサイザー音の発展が続いている。8トラック構成で、そのほとんどは微妙なパンクロックの影響を特色としている。第8トラックには、”火影”終了の3分30秒後に開始する追加の曲が含まれており、この9番目の曲は日本でリリースされたレアアルバムには”パブロは彼自身に囲まれて”という題でリスト化されている。

フィールドレポート2188.48 - 別れの言葉

日付: 1998年7月29日

概要: エージェント エスキベルはイスキエルド氏の要請を受け、モンテビデオ、パルケ・アトジェのバリオにあるクリーニカス病院を訪れる。イスキエルド氏は前月に、膵臓癌の先進事例のため入院していた。エージェント エスキベルは現地時間03:15に到着する。

結果: SCP-2188の停止。

エージェントのコメント: 通りからは、病院は常に腕を広げているように俺には見えた。骨だけの腕から垂れ下がる長いローブ。その抱擁は誰も逃げる事が出来ないほどに固いのだ。そいつの心臓の空いた部分にパブロがいた。そして、俺が奇跡的に生きてこの場を去る度に、どうしてパブロを病院の手の内に残したまま帰るような真似が出来るのか、自分で全く理解できなかった。

最後に俺が訪れた時、あいつに木炭筆と紙を綴ったスケッチブックを持っていった。夜に俺を呼んだり、来てくれないかと頼んでくる時、あいつは自分からは何も要求しなかった。

この猥褻なモニュメントの心臓部で、備え付けのテーブルランプの灰色の光で、俺はパブロと最後の会話をした。俺に見せたいものがあると電話で言っていた。俺が到着すると、あいつはスケッチブックを取り出した。「俺はあんたが何なのか分かってると思うんだ、ロベルト、あんたが何なのかを」あいつは俺にスケッチブックを手渡そうと苦労しながら、ゼイゼイと息を切らせて言った。パブロがどの程度知っているのか、俺は常々疑問に感じていた。

俺がスケッチに目を落とすと、あいつは言葉の残りを絞りだそうとした。あいつは俺の肖像を、恐らく前回の面会時にスケッチしたものを基にして描いていた。パブロはいつも周りの人々から芸術を引きだすのは得意だったが、自分自身で何かを創作するのを見たのは数える程度だ。俺は自分の目で絵を見た、だが本当の意味で自分の目じゃない。他人の視点を通して俺を見たんだ。顔の特徴よりも強く俺が認識したのは、俺自身の絶望だった。俺は自分の悲しみをまるで他人事のように見ていた。そして、それは俺の心を刺し貫いた。パブロは、力を振り絞って最後まで話そうとした。

「あんたはさ、ロベルト、俺のダチだ。あんたがここに居てくれて、嬉しいよ」

隠し立てもせず、それはそこにあった。この町の目ざとい死の女神の、空っぽの心臓の中。2人の男の数十年分の人生が、早朝の薄汚い部屋に横たわっていた。

もう、これ以上ここには書けない。

S-TARC関連作品リスト - FR2188.48
タイトル アーティスト メディア 説明
追憶のマーチ ドットソンの住民 マルチメディア 1998年の8月初頭に、数日間にわたって行われたイベント。ドットソンの地元ボーイスカウトの隊長であるローランド・ニゴールの提案で、住民たちはボーイスカウトのメンバーたちから自発的に、昨年喪ったものを記念してはどうかと求められた。何千人もの人々が無数の歌・絵画・物語・彫刻・その他の作品でこれに答えた。町議会に置いて、住人たちは集まった芸術作品を、近くのミスティ・ベール墓地にある未活用の納骨室に置くことを決定。”町境線の儀仗兵”を名乗る18人の住民で結成されたその時限りのマーチングバンドに率いられて、ドットソンの全住民がパレードを形成し、町の中心部からミスティ・ベール墓地へと様々な作品を運んだ。作品は納骨室に配置され、墓地で音楽・芸術的スキルのコンテスト・そして少なくとも147件の亡き家族や友人への文書化された賛辞を特色とする即席の集まりが開かれた。

補遺2188.2 - 将来的収容指令

指令2188-03.17

1998年10月13日

既知の異常現象の再開の可能性を最小限に抑えるため、リスク軽減策としてPOI 2188-A(ホアキン・パブロ・イスキエルド・デ・サン・フェリペ)の遺体を、合衆国における以前の異常性発現地点に密かに埋葬するべきという、フィールドエージェント ロベルト・エスキベルの勧告を承認する。

さらに、エージェント エスキベルはこの指令により、モンテビデオ・フィールド事務所(サイト87)から、S-TARCによってドットソン近傍に確立された活動基部(サイト41)へと転勤になる。エージェント エスキベルは、ドットソンの芸術的サブカルチャーの継続的な発展を文書化・分析することでS-TARCを支援する新しい割当業務を開始する。

最後に、SCP-2188の成功裏に終わった封じ込めへの31年に及ぶ奉仕のために、またドットソンおよびその他における人類文明の保護への継続的献身のために、私は個人的にエージェント エスキベルを賞賛する。POI 2188-Aの遺産に関する彼の今後の研究は、人類の利益のためにも継続できるだろう。

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ページリビジョン: 7, 最終更新日時: 19 May 2015 12:54
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