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nn5n: scp-312-JP 行進する彫刻
SafeSCP-312-JP 行進する彫刻Rate: 40
SCP-312-JP
評価: +39+x
scpobjectsoldier.jpg
SCP-312-JP実体1、画像には異常性無効化処理済み

アイテム番号: SCP-312-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-312-JPはサイト-8104のセキュリティロックの掛けられた収容室にて、GPSロケーターを取り付けられ、不透明の布を被せられた状態で保管されます。また、SCP-312-JPは重量計の上に置かれ、外部から常に重さをチェックされることになっています。職員は基本的にSCP-312-JPの収容室に入る事は禁止されています。万が一、やむを得ない理由で収容室内に入る際は、SCP-312-JPを視認しないように注意してください。なお、SCP-312-JPの持つ危険性から、収容室内にはカメラなどの監視装置は一切備え付けられていません。

説明: SCP-312-JPはそれを観察した者の認識に変化を与える、軍隊の行進を模したおそらく未完成と思われる高さ2m、長さ8mで横幅が0.5mの板状の青銅製の彫刻です。SCP-312-JPのいずれの部分にも、製作者の名前や題名などは記されていませんでした。SCP-312-JPは神奈川県██市にある第██陸軍技術研究所跡地の、地下倉庫の施錠された部屋より1947年に発見されました。同時にSCP-312-JPと関連が深いと思われる文書312-JP-Aも、部屋の隅にあった段ボール箱より発見され回収されました。確保及び収容時、数名の職員が直接SCP-312-JPに暴露したことで精神汚染を受け、後日終了されました。

SCP-312-JPを肉眼・写真・映像を通して一度でも見た者(以下、観察者)は、複数の段階を経て有害な精神汚染を受けます。初期段階では、観察者の認識に影響が表れます。観察者の目には、日本国籍を持たない人物が全て射撃訓練用の"的"に見えるようになります。"的"の形は概ね人型の木製の板であり、部位毎にそれぞれ点数表示が書いてあるように見えるとされていますが、これには個人差があるとされています。全てのケースで観察者は、"的"には頭部が30点で、胴体の中心部分は20点、胴体の他の部分には10点と書いてあるように見えると報告しました。観察者には"的"が動き、喋っているように認識されます。次に、観察者には著しい倫理観の欠如が表れます。観察者は"的"が実際には人間であることを知っていながら、全て破壊されなければならないと考えるようになり、破壊する場合には、より高い点数をとろうと執着するようになります。汚染の最終段階では、観察者の目に映る生物全てがそれぞれに適した形の"的"に見えるようになります。最終段階に至った観察者は非常に敵対的で危険であり、積極的に排除されるべきです。

時折、SCP-312-JPの収容室内から複数の人物が隊列を組んで歩くような音が聞こえると報告されています。いずれの場合も、収容室のすぐ外に設置された音声記録装置には何の音も記録されておらず、重量にも変化はありませんでした。

付録312-JP-01: 回収文書312-JP-A

回収文書312-JP-A
鈴木██少尉の個人手記(███島の忠号作戦に従事)
補遺: 口語訳済み、日付のみ複写時にアラビア数字に変換

1944年10月21日
「特別講義」を終えた中村中尉殿と共に比島に上陸してから一ヶ月が経った。米兵の姿なし。特別講義の成果は未だ実感できず。特別講義といっても、ただ兵士の彫刻を見せられただけであったが、日野大尉は役に立つだろうと請け負った。

1944年10月22日
やはり今日も戦闘はなし。米兵達がこの島に来たとして、自分に人が撃てるのであろうか。特別講義はそのための物だったと聞いてはいるが、やはり効果は実感できず。

1944年10月24日
米兵が上陸し、███飛行場が制圧される。避難時、一時的に山岡分隊へと編入される。分隊は山へと避難したが、急いでいたため糧食を持たず。その夜、米軍の野営地に奇襲を決行。米兵どもは射撃訓練用の的にしか見えず、撃ち倒すのも容易かった。中村中尉も同じだったようだ。特別講義は有効であったと言える。我らの分隊に損害なし。

1944年10月25日
行軍途中、避難してきたであろう比島人達と森で出会う。彼らもまた、的のように見えた。敵ではないと分かってはいるが、彼らを撃ちたいという強烈な衝動にかられた。

1944年10月26日
補給が断たれたとの無線が、新垣一等兵から部隊に伝えられる。米軍の攻勢も激しくなりつつある。我らの分隊は山から出る事が出来なくなった。

1944年10月27日
日中、米兵の偵察部隊と遭遇。森の中で白と赤の的は目立ち、容易く撃ち倒すことができた。中村中尉と点数を競い合う。彼は六十点の成績を収めたが、自分は三十点しかとることが出来なかった。戦闘後、新場上等兵が倒れた的を漁り、物資を奪った。これでまた当分は戦えるだろう。

1944年10月28日
偶然発見した米兵の野営地に夜襲をかける。米兵を側面から撃とうとしたが、的を横から見たような細い線にしか見えず苦労した。特別講義の欠点であろう。奇跡的にも我らの分隊に損害はなし。糧食や銃を奪い、再び森へと戻った。
中村中尉…百六十点 自分…百三十点

1944年10月29日
時折、中村中尉を除く他の六名の分隊員が的のように見える。空腹故の幻覚だろうか。しかし、どうやら中村中尉も同じ症状に悩まされているらしい。彼らを撃ちたくてたまらない。
中村中尉…零点 自分…零点

1944年10月30日
朝、目が覚めると六枚の的に囲まれていることに気づく。中村中尉と共に全て撃ち倒す。食料がなく、動物もいなかったため、仕方なくその的を食す。木のような味がしたが、不思議と食べづらくはなかった。
中村中尉…七十点 自分…九十点

1944年10月31日
小さい的が何枚か、空を飛んでいるのを見る。地上の小さくすばしっこい的を撃ち、それを食べる。植物と中村中尉以外は全て的に見える。全て撃たなくては。そのために残された時間はあまりにも少ない。
中村中尉…零点 自分…二十点

1944年11月1日
昼に、複数の的で構成された分隊らしきものと遭遇す。もちろん全て撃ち倒す。的の中の一枚は日本語を喋っていたような気がする。そのことについて中村中尉に尋ねたが、彼は否定した。
中村中尉…九十点 自分…五十点

1944年11月2日
弾が尽きそうだ。小さい的を短剣で仕留め、中村中尉と共に食す。食事の間や脚絆を巻き直している最中など、彼は自分のことをおかしな目つきで見ていた。我々は狂いつつあるのだろうか。
中村中尉…零点 自分…二十点

1944年11月(日付は不明)
朝、目が覚めると的が隣にあった。
撃ち倒した
自分…三十点

1944年11月(日付は不明)
的だ的しかない 中村中尉を見失ってしまった
自分… 点

(日時不明)
池があった そこに映った自分は 的だった

ページリビジョン: 13, 最終更新日時: 30 Nov 2014 05:04
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